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 心に青雲さんのブログに時々、マンガ「キャンディ・キャンディ」のことが出てきます。
私の子供のころにものすごく流行ったマンガでアニメにもなりました。孤児院育ちのキャンディですが、明るくどんな時にでもいい面を見つけます。いじめられてもめげずに彼女なりのチャーミングな方法で対応していきます。また丘の上の(白馬の)王子様との出会いや良家の理想の男子ともいうべきアンソニーとの出会いや他の好男子との出会いで彼らに好かれ応援されるキャンディ。とにかくキャンディはもてるのです。あのころの女子は理屈抜きにキャンディに肩入れしあのマンガは当時の小学・中学女子の心をがっしりとつかんでいたのでした。

今回は心に青雲さんのブログからいやなことがあった時の対処方の記事を転載します。

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なんちゃって管理職の生き方
2008年04月15日 | Weblog

 私の道場生のなかに、この4月に会社内で異動があった者がいる。長としても1ランク昇進し、地方勤務でもなく東京に居られるので、おめでとうと言ったところ、浮かぬ顔をしている。

 昇進はしたが、いわゆる「なんちゃって管理職」であって、前の部署では部下がいたものが取り上げられ、たった1人の部署になった。しかもクレームを主に担当するので、会社でトラブルがあったり、不祥事が起きたりすると、寝る間もなく多忙になる。実質、降格です、参りましたと悄気ていた。
 こういう不景気な話を聞くと、どうも黙っていられないタチなので、さっそく道場で「何を言うておるのや!」と明治天皇の口癖みたいな言葉をくだんの道場生に返すことになった。
 以下が道場で説いた概略である。
 
 世の中は元来ままならぬものである。サラリーマンをやっていれば当然、嫌な仕事を押し付けられたり、嫌な上司に巡り会ったり、無能な部下をあてがわれたり、不遇な部署に飛ばされたりなど、日常茶飯事ではないか。そのたびに落ち込んでいてどうする。
 たしかに、そういう事態はサラリーマンにとって、客観的には嫌なことであろう。同情してやってもいい。しかし人間は好都合なことに主観がある。こんなときにはその好都合な主観をフルに活用したらいいのだ。つまり客観的には地獄であっても、主観で天国にしてしまえばよい。人間、捉え方ひとつである(なんでもそうだとは言わぬが)。

 「なんちゃって管理職」になったことの「良いこと探し」をすればいい。
 そう教わったのはマンガ『キャンディキャンディ』(いがらし・ゆみこ作 講談社)だった(この作品はわが流派の最高幹部の推薦図書でもある)。孤児院に入れられた子が明るくなんでも肯定的に、良い事を見つけプラス思考に生きる物語である。誰からも好かれる。
 まず、部下がいなくなったのは、例えば同期入社の連中に遅れをとった、恥ずかしい、などと考えるのではなく、これは今まで仕事を部下にやらせていて、多少怠けていたことを反省するチャンスだ。1人でなにもかも差配して処理して行く能力を、改めて鍛えろという会社の温情なのだ、と捉えるのである。だから自分を降格した会社を恨むのではなく感謝したくなるだろう。

 悄気て暗くなっていると、ますます周囲の人間は遠ざかっていき、好かれなくなってしまう。キャンディの逆である。だから無理にでも「良いこと探し」をしていれば、周囲の人からも好感を持たれる。


 クレーム処理の係? いいじゃないか。確かにラインじゃないかもしれないし、嫌な係だが、誰かがやらなければならない大事な仕事で、問題が発生したピンチのときほど会社にとってはチャンスなのだから、適切な処理をすればかえって高い評価を得ることができる。世間からも、問題を起こした会社だが、対応が誠実で迅速だった、あれなら今後も付き合える、と思ってもらえるチャンスなのだ。
 クレームを嫌い、避けようとする会社は成長しない。


 クレームがないときは暇なんだろうから、これまでは部下の目を気にして空手の練習をするわけにはいかなかっただろうが、時間のあいたときに、空手の練習はできるし、南郷先生の本は会社で読めるし、得したと思えばいい。

 それに貴君にはカーネギーの『人を動かす』を読むように勧め、読み終わったと言っていたではないか。ならば、『人を動かす』をまさに実生活で実践する絶好のチャンスである。
 例えば、『人を動かす』を読む前の貴君はもしかしたら、嫌な部署への異動で腐ってしまい、家に返ってもブスッとして、奥さんに当たり散らすとか、不機嫌なまま過ごすとかであったかもしれないが、それではいけないとカーネギーから学んだはずだ。だから無理にでも帰宅したら上機嫌を装い、「いやあ会社が楽しい。いい仕事に回された。やりがいがあるよ」と言えばいい。きっと奥さんは驚くだろう。そして貴君を高く評価してくれる。家庭も明るくなる。

 会社の仕事で嫌なことを見つければいくらでもある。貴君の会社はおそらく、ほとんどの人がそういう「嫌なこと探し」の天才になり、愚痴のオンパレードになっているのではないか? だからクレーム処理が頻発し、業績も落ち込む。負の連鎖というか、負の集団力を発揮しているのだ。
 けれど。だからこそ物事はこんなときこそ良い方向への主観を発揮したらいい。運はそうやって呼び込むものである。

 「本当の人になりたい」方にもブログで説いたが、現在のダメな自分、嫌な環境を見つめてはいけない。嫌々仕事をやると、その「嫌々」が自分の心に相互浸透してしまう。そうすると静岡児相の木っ端役人みたいに人格が卑しくなり、人をいたぶって溜飲をさげるような最低の人間になっていく。だからここは誰がなんと言おうと、今の仕事は楽しいんだと思わなければいけない。
 弁証法性とは怖いものでもある。必ず何かと日々刻々と相互浸透してしまうのである。諺に言う「朱に交われば赤くなる」だ。交わっていませんよ、と言ってもダメなのだ。

 空手の修行もまったく同じで、練習は肉体的にはきついものである。しかしそれが将来の立派な自分、強い自分を創ってくれる過程だと捉えれば、辛い修行が楽しくなるものである。仕事も同様に捉えるしかない。どうしてもこれでは自分が死んでしまうというのなら、まあ辞めるほうがいい。

 ということで、今回の話は昨日の悩みと生理構造の問題につながる。降格された、左遷されたと思うと、その認識が神経を元気なくさせるのだから、虚勢を張ってでも元気な明るい認識を創ることだ。
 昨日書き忘れたが、どうしても悩まなければならないときは、栄養のあるおいしいものをたくさん食べてから悩むようにと、わが流派の最高幹部から教えていただいている。空腹のときは悩んではいけない、と。空腹ときに悩むから胃痛を起こすのだ。
 好物を腹いっぱい食べれば、不思議な事に、あまり悩まなくなるものである。
 それと、悩んだときは運動することだ。ただしランニングは、走りながらクシャクシャ悩んでしまうから、ダメである。


ヒュギエイアです。
「キャンディ・キャンディ」やら「赤毛のアン」など親しまれている話は孤児だけど明るく逆境に強い女の子が主人公です。説教くさいところはなにもないけど人生をどう生きるか教えてくれています。
また読んでみようかなと思います。

今回もお読み下さりありがとうございます。
健康であることに感謝してあなたの健康を祈ります。
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