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時々読むブログでは被災者の一部の人たちがクレーマーと化しているというものを読むことがあります。
http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-538.html
http://www5.diary.ne.jp/user/551022/2011年5月26日のもの
私はまあそういう人も一部はいるでしょうが、大半は我慢強く遠慮してストレスをためながらいるんだろうと思っています。思うようにならない生活をしていると誰だって苦しいだろうし、それらがつい出てしまうのもある意味自然な反応かもしれません。それでも外国が驚くほどに日本人は有事の際でも暴動を起こさず礼儀正しくやってきたのです。ただそれは手放しでいいことなのか考えさせられるものとして 今回は久しぶりに「本山よろずや本舗」から転載します。
日本という国を考えるいいチャンスだと思います。

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日本の治安の良さについて

 3.11東日本大震災を報道する海外メディアの特徴として、2つ挙げられると思います。一つは日本人が未曾有の大災害に遭っていながら冷静に行動し、治安が乱れていないことを感心するものです。被災した人々が冷静で略奪に走ることもなく、整然と炊き出しに並ぶ姿を賞賛しています。もう一つは、原発災害による放射能汚染を異常に誇張して、ひどい場合は捏造してまで、恐怖を煽り立てるような報道をしていることです。
 今回は海外メディアが賞賛した、日本の治安の良さについて記事を書きたいと思います。

 ただ被災地において、略奪や暴行などが全くなかったかというと、そうではありません。事実に反することを伝えてはいけないので、まずその点について触れたいと思います。
 当HPの掲示板に4月3日、東日本大震災の被害に遭われた“飼い犬はミックス犬”さんの書き込みがありました。http://motoyama.bbs.coocan.jp/?m=listthread&t_id=955&summary=on
避難所での体験の中で、以下は私がちょっとショックを受けた文章です。

 「治安もひどく悪く、ロシア、中国、日本人それぞれのグループが、強盗、強姦・・男性でも夜は一人で歩けない現状。 バックを持っていると、貴重品が入っていると思われ、奪われるので手ぶらで歩く。 集団で襲ってくるので、大変恐ろしいと言っていました。避難所でも、靴を入り口に置いておくと盗まれてしまうので、寝床に置く」

 日本でのニュース報道では、こういった治安の悪さはあまり報道されてきませんでした。
 さらに「副島隆彦氏の重たい掲示板」に投稿された文章から紹介したいと思います。以下は福島県に住まれている方が副島氏に出したメールです。一部を引用させていただきます。

 ・・・<「副島隆彦氏の重たい掲示板」から引用開始>・・・

 3月11日の大震災では、各地に「神戸」「なにわ」ナンバーの重機、クレーン車が続々と被災地に入ったそうです。目撃者も多数います。

 阪神大震災で培ったマニュアル通り、被災地での強奪の限りをつくしたそうです。3月11日の大震災当時は、携帯電話、固定電話も通じなく、停電でテレビ情報も全くありませんでした。

 私も原発被災で福島市の避難所に逃げて来ていた人たちから話を直接聞きました。 3月12,13日当たりは、大窃盗団がはいってきた(原発事故の情報は当時はありません)ので、自分たちは避難することになったのだと話している人が多数いました。

このあたりのこと私が直接聞いたのでおそらく間違いはありません。
着の身着のまま避難された人の多くは、全くの情報切断状態ですから、かえって原発事故のことはほとんど知らない人が多かった。

 山口組(らしい)の窃盗団が、福島県にある東邦銀行、福島銀行、大東銀行、相双信用組合やらの各支店の場所を探して、それらの金庫ごと重機を使って根こそぎもっていってしまったそうです。そこからが大変です。

 原発半径20?圏内は、ただちに 一般住民が表向き立ち入り禁止の無法地帯になったので、彼らはやりたい放題になってしまったようです。

 ・・・<引用終了>・・・


 この文章を読むと、当HPの“飼い犬はミックス犬”さんの投稿がけっして大げさなものでなかったことがわかります。避難指示で、警察による一切の治安維持ができなくなったことで、日本の広域暴力団の一つが大手をふって略奪の限りを尽くしたことがわかります。しかしながら、やはりこれは(被災地の外から入った)組織化された窃盗集団の仕業であり、被災された方々は、災害時に略奪に走ることもなく冷静に行動していたという事実にかわりはありません。

 阪神淡路大震災のときも、海外の緊急援助隊が現地に入って、治安が乱れていないことに驚いたという報道がありました。東北の人が我慢強いというだけでなく、日本人は大災害に遭ったとき、助け合っていこうとする精神性を持ち合わせていると言えます。
 むしろお互いに大変な状態なのだから、日本人の感性からすれば、助け合うのは当然と言えます。なぜ海外メディアは、そんな当たり前なことに驚くのかというところではないでしょうか。
 こうした日本人の精神性を説明するには、日本のおかれた気候風土や歴史など、様々な要素が絡んでいると思いますが、ある面白い解釈をしている本がありました。
 『3・11に勝つ日本経済』(増田悦佐(ますだえつすけ)著、PHP)から紹介したいと思います。増田氏は、日本と海外諸国は根本的に社会構造が違っているといいます。
 日本以外の世界中の先進国や新興国は一部の特権階級によるエリート主義によって完璧に運営されコントロールされているが、日本は真性の大衆国家であるという主張です。もちろん日本の支配層(エリート)が政府や大企業の中枢のポジションを担っているが、その実態は他の国々とは全く違っているといいます。日本のエリートは海外のエリートに比べて、圧倒的にその力は弱く、かつ無能であるというのです(むしろそうした点が、日本の強みであるといいます)。その証拠に、日本の大衆は日本の支配層(エリート)を同じ人間と見ているといいます。
 本から、今回の東日本大震災での日本の支配層(エリート)の対応ぶりを紹介します。


 ・・・<『3・11に勝つ日本経済』、p26~p28から引用開始>・・・

 実際、欧米の首相・大統領クラスの政治家、高級官僚、欧米企業の最高経営責任者(CEO)・最高執行責任者(COO)クラスを見ていると、どんなに突拍子もない事態に遭遇しても、冷静沈着に理路整然と状況を説明し、国民あるいは株主に「我々は完全に事態を掌握しているから、大船に乗った気でいてほしい」と呼びかける。そして、国民や株主のほうも想定外の事態にも泰然自若として「我々は事態を掌握している」というウソをつき通せる人間こそ指導者のウツワだとして信頼するのだ。
 このへんが、欧米人の感覚と我々日本人の感覚のいちばん違うところかもしれない。日本人の大部分は、次から次に想定外の事態が起き、あわて、うろたえ、しどろもどろの説明に終始した政府や東電の対応について、「この連中は少なくともウソはついてないな」と思ったのではないだろうか。想像もしていなかったような大災害が起きたら、驚きあわてるのは人間的で親しみが持てるとさえ思った人が多かっただろう。
 ところが、欧米の知的エリートたちの反応はまったく違う。「なぜ、こういう場面でこそ冷静沈着でいなければならない連中が、うろたえているんだ? きっと隠しようもないほどひどいウソをついていて、そのウソが今にもばれそうなので、精神錯乱寸前なんだろう」と思うのだ。
 結局、日本人は政府や大企業の指導者でも並みの人間だと思っている。だが、欧米では、政府や大企業の指導者は人間を超えた存在、超人でなければならないと思っている。


 ナメられているのは悪くない状態

 日本学専攻でイギリスのリーズ大学の教授をしているマーク・ウィリアムズという人は、震災前から招請されていた秋田の国際教養大学副学長の職にこの9月から赴任するためにいまから準備をしているという。人格的にも立派な人だし、何よりめったに大きな地震に遭遇したことのないヨーロッパ人としては勇気もある人だ。
 だが、そのウィリアムズにしてさえ、「東京電力の社長はもっとリーダーシップを示せばよかった。危機の際は誰かが責任をもって、はっきりものを言わなくては。……世界が(東電のいうことは怪しい)と思うようになったのは残念だ(『朝日新聞』、2011年4月9日付)」と書いている。
 これほどの人でも、やっぱり日本社会、そして日本国民の本当の強さは分かっていないのだ。日本人は国政レベルの政治家だろうが、大企業の社長だろうが、高級官僚だろうが、みんな人間だと思っている。人間なら予想もしていなかったことに出くわせば、うろたえあわてるのはごく自然な感情の発露だ。だからこそ、日本人は指導者などには頼らずに、みんなが協力して難局を乗り切ることができるのだ。
 欧米エリート主義の節穴からしか世界を見ることのできない連中は、「なんというだらしない指導者しか生み出せない国だ。指導者がこれだけ低水準なら、大衆はもっとひどいだろう」と決めつける。当然、日本は世界中からナメられ、甘く見られ、バカにされつづけるだろう。それで、全然問題はない。
 だいたい、ナメられ、甘く見られ、バカにされるポジションというのは、戦術的にはいろいろ不愉快なこと、うっとうしいことが多いが、戦略的には非常においしいポジションだ。とにかく、こちらはやるべきことをできる範囲内でやっていれば、向こうにとってはそれが鮮やかな奇襲攻撃(サプライズ・アタック)に見えてしまうのだから。


 ・・・<引用終了>・・・

 増田氏が日本人が政府や東電の答弁に「この連中は少なくともウソはついてないな」と思ったとのではないかと言っている部分にはちょっと疑問もありますが、少なくとも多くの日本人は、政府や大企業のトップと言えども自分達と同じ人間とみなしていることは間違いないと思います。驚くべきことに、これは日本特有の現象だというのです。
 ではなぜ日本人が大災害に直面して犯罪も犯さず助け合うのに対し、欧米各国では犯罪が多発するのかという増田氏の説明を紹介します。増田氏は、知的エリートに徹底的に管理、搾取されてきた欧米各国の民衆には、そうした知的エリートに対する積もり積もった怨念があるといいます。

 ・・・<『3・11に勝つ日本経済』、p32~p34から引用開始>・・・

 阪神淡路大震災のときにも、今回の東日本大震災でも、欧米のメディアが驚嘆し、絶賛したことがある。まったくと言っていいほど、略奪、放火、暴行、殺人といった犯罪が起きなかったことだ。
 だが、これは賞賛に値することだろうか。たとえば、日本では小学児童でも上級生が下級生の手を引いて、整然と安全なところに退避しようとする。これは、手放しで賞賛すべきことだ。だが、略奪がないことが、なぜ賞賛の対象になるのだろうか。当たり前のことではないか。
 ふつうの環境でも、犯罪というのはやってはいけないことだ。それを、天災に遭って難儀をしている人を相手にやるというのは、人間として見下げ果てた行為だ。「今なら警察に捕まる危険はゼロだから、目の前の崩れかけた店にある使えそうなものは何でもかっぱらってやれ」という発想は、あまりにも情けない。結局、やっていいこと、悪いことという倫理観は持ち合わせていないので、捕まるか捕まらないかだけで行動を律する人間がゾロゾロいる社会だということだ。
 数年前、アメリカの深南部(ディープサウス)と呼ばれるアーカンソー州、ミシシッピ州、ルイジアナ州の貧困地帯をカトリーナという超大型台風が襲った。そのとき、とくにこの地域最大の都市、ニューオリンズで略奪や放火や暴行が激増したらしい。貧しい黒人だけではなく、貧しい白人も盛大に略奪行為にふけっていた。
 キリスト教的な「罪の文化」が、いかに底の浅いしろものかということでもある。だが、それ以上に、彼ら貧しい大衆には「我々は、知的エリートたちによっていつも貧乏クジばかり引かされてきた。チャンスさえあれば、絶対埋め合わせを奪い取ってやる」という怨念が積もり積もっているのだ。何しろ、欧米の知的エリートというのは、ひ弱で無能な日本の知的エリートと違って、強い政治権力、社会的に高い地位、豊かな報酬を独占して、一般大衆とは別世界で優雅に暮らしているのだから。
 そして、なぜ欧米の知的エリートたちが日本に憎悪や敵意を抱くのかという理由もそこにある。日本という国が、自国の大衆には金輪際知られたくないかたちで運営されているという事実だ。トップが無能でもぼんくらでも全然問題ない。むしろ、優秀なトップがいる国よりはるかに平和で豊かな社会を営むことができる。こんなことを知ったら、欧米の大衆は絶対に知的エリート独裁に対する暴動を起こすだろう。
 ・・・<引用終了>・・・

 今から30年近く前のことですが、私(本山)がアメリカに行くことになったとき、知人から、「むこう(アメリカ)で宗教は何かと聞かれたら、仏教と答えた方がよい」と言われました。なぜって聞くと、「宗教を信じていないと言うと、むこうでは信用されないから」だというのです。
 私は多くの日本人がそうであるように、仏教といっても葬式や法事ぐらいしか縁がありません。それゆえ宗教を聞かれたとき仏教と答えるのは少々抵抗がありますが、それ以上にアメリカでは宗教を信じていない人間が信用されないという話に違和感を覚えました。

 思うに、いかにアメリカといえども、災害時に捕まらないことをいいことに略奪に走るというのは、やはり嫌われる行為なんだと思います。そしておそらくアメリカでは、捕まらなければ犯罪でもなんでもやってしまう人間を、普通の人間として捉えているのだろうと思います。最低でも宗教を信じていれば、災害時に略奪に走るようなマネはしないだろうと考えているのではないでしょうか。だから宗教の種類は問わないが、とにかく信じていることを評価するのだと思います。

 それにしても増田氏の指摘である、
 「キリスト教的な「罪の文化」が、いかに底の浅いしろものかということでもある」
 は本当にそう思います。
 増田氏は、貧しい大衆が災害時に略奪に走る一因として、知的エリートに対する積もり積もった怨念を挙げています。これは私にとって示唆に富むものでした。しかしこれは多くの理由の中の一つにすぎないと思います。多くの日本人は、生まれてから特定の宗教の教えの中で育つ環境にはありません。しかし普通に災害時に略奪に走る行為を、「人間として見下げ果てた行為」と捉える倫理観を自然に身につけています。なぜでしょうか。これはとても興味あるテーマです。
(2011年5月25日)


ヒュギエイアです。

白人というのはエリートになるにつれて残酷に冷酷になっていくという印象を受けます。
私は昔ある記事で、アメリカの病院では病院の前で行き倒れになっていても、誰もその人を病院に運ばない。
なぜなら、そういう場合、その病人の治療費はその人を病院に連れて行った人にくるし、あとから目の玉がでるような金額を請求される場合があるからと聞き、日本じゃあり得ないし、どうしてそうなるんだろうと思ったことがあります。人としての優しさとか思いやりを示す(行動)するのにお金が必要で、本当に殉教者の精神がないと、そういったことができないのだと思いました。
それはその社会(アメリカ)のひどくゆがんだ部分のように感じました。

日本はアメリカの10年の遅れで世の中が動いていく。だから今のアメリカを見て10年後の日本はこうなると考えたらいいと聞いたことがありますが、今のアメリカのようになったら全然希望がなくなります。
日本は日本の長所や美点を残したまま存在した方がいいです。

今回もお読み下さりありがとうございます。
今日も生きていることに感謝してあなたの健康を祈ります。
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